塾生の受験体験記をご紹介します。(※保護者の方の体験記はこちらから


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2019年度

M・Yさんの中学受験体験記

2019年度 富士見中・山脇学園中・国府台女子中・大妻中野中特待・西武文理中特待 他合格

私は、小学校三年生の終わり頃からアテナに通い始めました。
今は、文系で算数の全くできない私ですが、四年生の一年間私は算数が超得意でした。月例テストでもだいたい上位に入っていました。ですが、調子に乗ったため五年生の時に、成績はガタ落ち。皆に抜かれていきました。月例や首都模試でランキングに乗れない時さえ出てきました。普通ならば緊張感を持つはずなのにマイペースな私はいつも通り。おそらく「なんとかなる」とずっと思っていたのだと思います。私はチェックテストでも常に再テスト組にいました。再テストになって先生に怒られるのが嫌だった私は再テストにならない方法をお母さんと考えました。考えた結果その日の授業でやった類題をチェックテストの前の日にもう一度やるというものでした。やってみると見事に再テストの回数が減っていき、先生にほめられることも多くなっていきました。

私は、月例や首都圏模試で私なりの目標をたててテストに挑むことにしました。それは「前に受けた時の偏差値より上を狙う」というものです。月例テストではうまくいかなかったですが、首都圏模試ではぐんぐん偏差値が上がっていきました。
その他に私が取り組んだことは苦手なところをつぶしていくということです。私の嫌いな科目は算数(全部)、理科(全部)、国語(慣用句、ことわざ、説明文)、社会(公民)でした。絶望的な苦手の多さです。でも頑張っているうちに「国語の説明文」「社会の公民」「理科の生物」「算数の速さ」などは少しずつ得意になっていきました。

そして、ついに六年生の二学期に過去問が始まりました。私の第一志望の吉祥女子は理科が絶望的に難しかったのです。しかしラッキーなことに、社会はだいたい私の得意分野の「歴史」で、国語は漢字以外の語句は出ませんでした。国語は文章が長かったのですが、本好きの私にはそれが逆に魅力的でした。そして吉祥女子の過去問を初めてやる日がきました。でもアテナで吉祥女子を共に受験するのは、私にとっては雲の上の存在の二人。私にはとうていかないません。先生はマイナス60点なら巻き返せると言ってくれましたが、マイナス100点くらいは余裕でいきそうで怖かった。結果はマイナス75点。微妙なラインです。一人ずつ先生に呼び出される時、絶対怒られると思っていたけど、先生は初めてにしては悪くない、と上機嫌で言ってくださいました。その後の過去問では上がったり下がったりでしたが、全体的には少しずつ合格最低ラインに近づいていき、最低点を越えることも出てきました。

そうこうしているうちに月日が流れ、とうとう1月に突入してしまいました。私は1月10日に西武文理、1月21日に国府台を受けました。西武文理の前日、私は西武文理の過去問をやりました。結果はマイナス85点。私は何も考えられなくなりました。先生も「練習校だからと言って油断し過ぎだ」と叱られ、泣いて帰りました。メンタルズタボロで迎えた西武文理。でもマイペースな私は緊張感ゼロで試験会場に向かいました。先生のクイズやカイロでリラックスでき、さらにおかしを食べたりして試験会場でものびのびとしていました。手ごたえは大アリだったけど時間がたつにつれ、自信がなくなっていきました。私は、2月1日の練習ということで、その日の午後の特選も受けました。家に帰った時には自信はありませんでしたが、両方とも特待生Cで合格でした。とても嬉しかったです。21日の国府台女子はさすがに緊張しましたが、試験会場でアテナ女子3人で話すことができて気分もほぐれました。西武文理の時よりも手ごたえがあり結果は合格。2校合格したことによって、私は自信がつきました。

そしていよいよ2月1日を迎えました。第一志望の吉祥女子です。問題は思っていたよりもカンタンで、合格の自信がありました。しかし結果は不合格。とてもショックでした。午後に受けた山脇も、もともと吉祥女子より自信がなかったのでとても不安でしたが合格だったため、ホッとしました。2月2日は、もし吉祥女子に不合格だったらメンタルがズタボロになると考え、最初から第2志望の富士見を受けることに決めていました。入試には、宮本先生に教えてもらった呼吸法で、大きく深呼吸して落ち着いて臨みました。手ごたえがあり、そして合格。とても嬉しかったです。

私はアテナに通うことができて本当に良かったと思います。宮本先生はとても親切で最後までていねいに教えてくれました。時々怒ることもありましたが、「私たちのために怒ってくれているのだ」と思うと、胸が熱くなります。素直で、面白くて明るい人です。しゃかりかやイベントに積極的でとても素晴らしい先生です。私が出会った中で一番面倒見がよかったです!アテナは勉強するだけの塾ではなく、通っていて楽しい!と思える、そんな塾です。

私が、今アテナに通っている人に言いたいことは、
1.宮本先生を信じてついていくこと
2.宮本先生が言ったことは何がなんでもしっかりやること(化学反応式など)
3.最後まで決してあきらめないこと
4.中学受験を絶対に甘くみないこと
この四つです。特に④はとっても大切です。

宮本先生、今まで本当にありがとうございました。感謝の気持でいっぱいです。


J・Iくんの中学受験体験記

2019年度 桐朋中・城北中・西武文理中特待 他合格

[はじめに]
科目ごとに今まで勉強してきた内容を振り返ってみました。

[算数]
算数では4年生の冬期講習後の月例テストの偏差値が40でした。5年生の頃の僕は「算数ってめんどくさい」と思っていました。
しかし、先生に授業で毎回言われてきた言葉がありました。「図を描け!」です。
僕は、この言葉を最初は軽く聞いていましたが、6年生になってくると、少しずつその意味が分かるようになっていきました。
僕は、図を描かなくても解けるような簡単な問題でも、毎回必ず図を描くように心がけました。すると6年生の2学期の月例テストでは、常に偏差値65を超えるようになったのです。図を描くことは大切なことだと、改めて実感しました。
6年生の1月になると、先生に実力アップ問題集の問題を選んで付箋を貼ってもらい、それを受験までに全て解くという目標を立てました。僕は「だらだらやっていても意味がないし間に合わない」と思い、頑張って受験2週間前に終わらる計画を立て、見事に達成しました。なぜこんなにも早く終わらせることができたのかというと、その頃の僕は算数が楽しくなっていたからです。
もちろん算数は楽しくても、わからない問題は出てきます。そんな時は宮本先生に質問しにいきました。先生に質問すると、わかりやすく説明してくれます。解けるようになったことで、より一層算数が楽しくなっていきました。

[社会]
僕は5年生の社会、地理では全く覚えられず、宿題をするのが嫌で家で泣いていました。そんなとき先生は僕に「ゴロ社会を活用しなさい」というアドバイスをくれました。「ゴロ社会」とは宮本先生が出版している本で、社会の暗記法がたくさん載っているものです。
例えば、乳用牛の飼育頭数を覚えるのに「牛乳はホットがいいわ!」というゴロ合わせで覚えるのです。「ホット」の「ホッ」は北海道、「ト」は栃木県、「いいわ」の「いわ」で岩手県です。このように宮本先生の書いた本「ゴロ合わせで覚える社会」は、僕にとっての必須アイテムになりました。
そして算数と同じように、社会の実力アップ問題集の付箋をつけてもらった所を受験までに終わらせる目標を立てて、記述の特訓をしていきました。そうしたらだんだんと記述がうまくなっていきました。社会コンプリーション問題集は頑張って2回全部やりました。2回目は1月31日までかかってやり、ギリギリ間に合いました。問題集を仕上げたことで、社会に対する自信が持てるようになりました。

[理科]
理科の計算分野は得意でしたが、知識分野は苦手でした。そこで社会と同様に「ゴロ理科」で頑張って覚えました。「ゴロ理科」は社会同様、理科暗記の必須アイテムです。
宮本先生の受け売りですが、僕の一押しの理科の学習ポイントは、「化学分野の問題では、化学反応式をひたすら書く!」です。化学の計算分野が苦手な人は、ぜひこれを実践してみてください。成績が必ず上がると思います!

[国語]
5年生の頃の僕は、記述の問題を面倒くさがり、空欄のままにして答えを書きませんでした。しかし先生からは「記述は書かないうまくならないし、記述問題ができなければ志望校に受からん!」とガツンと言われました。その時から、国語の記述でもきちんと答えを書くようになりました。最初は内容を注意されることも多く、「やはり苦手だなぁ」と感じていましたが、めげずに頑張って書いていると、段々と記述が書けるようになっていきました。そして最後の過去問の追い込みでは、記述問題で先生に褒められることも少しずつ増えていきました。

[最後に]
僕が第1志望校に受かったのは、宮本先生に言われたことを頑張ってやってきたからだと思います。
先生の言うことはときに大変で面倒に思えることもあると思います。でもきちんと努力すれば、必ず結果は出ます。宮本先生の言うことを信じて、ついていってください。


K・Yさんの中学受験体験記

2019年度 吉祥女子中・武蔵野大附属中特待 他合格

私は4年生の冬期講習からアテナに入りました。初めの頃は「ここの塾に通いたい!」という願望も無く、ただ単に「兄や姉が通っていたから自分も行く」という消極的な理由で塾に通っていただけでした。そして、塾のために吹奏楽が制限されたため、段々と塾が嫌いになっていきました。そのため勉強に対してやる気が出ず、チェックテストでは毎回のように再テストになっていました。その時は姉が行っていた吉祥女子を第一志望にしていたので、再テストになる度に「吉祥女子には届かない」と言われ、正直うんざりしていました。そのため私は親に「勉強に関しては何も言わないで欲しい」「吹奏楽を自由にやらせて欲しい」というお願いしました。すると、前まで行きたくなかった塾に行けるようになり、テストでも緊張しなくなりました。そして少しずつ再テストが減っていき、成績が段々と伸び始めました。

そこで私が大切にしたのが、短時間で集中してたくさんの物事を終わらせるという事です。私は6年生になっても吹奏楽で塾を休んだり、早退する事も多々ありました。私は他の人よりも勉強する時間少なく、このままでは宿題が終わらなかったのです。そこで、短時間でどれだけ集中するかが勝負になっていました。
短時間で集中して宿題を終わらせるという習慣を身に付けた結果、段々と問題を解くスピードが上がってきました。しかしそれに反比例する形で、ケアレスミスの数が増えていきました。問題の読み間違いや、足し算引き算の間違いが多くなっていったのです。そこで、問題が終わった後に必ず見直しをするようしました。そうすることでさらに成績が上がっていきました。

次に気をつけたのが「不合格」という言葉をなるべくつかわないといういう事です。「コトダマ」という言葉を親から教えてもらいました。コトダマというのは、言葉が力を持つという事です。つまり、不合格と言っていたら本当に不合格になるという事です。そこで、私は物事に対して常にポジティブに考える事を意識しました。ネガティブに考えるとどうしても不合格にたどり着いてしまいます。ポジティブに考え、自分を勇気づけることで、段々と自分に自信が持てるようになりました。すると、それまでずっとマイナスだった過去問での点数が、プラスに転ずるようになったのです。ものごとをポジティブにとらえることは、とても大切なことだと実感しました。

最後に、私が皆さんに伝えたい事は以下の3つです。
1.時間を大切にして集中すること。集中していなかったら、いくらやっても意味はないと思ってください。
2.物事を常にポジティブに考えること。
3.勉強は「やらされるもの」ではなく、「自分からやるもの」だということ。

皆さん、受験勉強頑張ってください!


K・Sくんの中学受験体験記

2019年度 東京都市大中Ⅰ類・法政大学中 他合格

ぼくは、中学受験をして二つわかったことがあります。
一つ目は「あきらめないことの大切さ」です。
二つ目は「こつこつ続けていくことの大切さ」です。

アテナに入塾したのは4年生の2月です。最初入塾した時はまだ実学年が3年生で学童保育が終わってしまうため、その穴うめとしてアテナに入塾しました。4年生の頃は友達と仲良く楽しくやっていて、あまり勉強しなくてもいい点数がとれていました。5年生になり歴史の勉強や理科が始まり、覚えることがふえてきても授業にはついていけました。しかし6年生になり、算数の問題が難しくなってくると、5年生の頃までは得意だった算数で点が取れなくなってきました。

そして6年生の夏期講習の最後に、はじめて武蔵の過去問をやりました。その時の結果は合格最低点よりも96点も低いという結果でした。しかし宮本先生は「きびしいけどがんばろう」と言ってくれたため、あきらめずに過去問をやりつづけました。
少しずつ成績も上がり、11月のサピックスの武蔵模試でも、合格まであと5点というところまでいきました。12月には、過去問で合格点を少し上回るようになり、1月の最後の過去問では30点も上回ることができました。入試の結果は残念ながら不合格でしたが、あきらめずに続けてよかったと思いました。

入試を終えてみて我が身を振り返ってみて「あの時もっとちゃんとやっていればよかったな」という後悔もあります。しかし結果としてこの二つのことがわかっただけでも、中学受験をした甲斐があったなと感じます。小5の頃までの第一志望でもあった法政中に通うことも考えましたが、今度こそコツコツ努力して、大学受験でリベンジを果たしたいと思います。

宮本先生、3年間ありがとうございました。


A・Hさんの中学受験体験記

2019年度 富士見中・国府台女子中・恵泉女学園中 他合格

私がアテナに入ったのは、3年生の冬のことです。急に受験がしたいと言い出した私のために両親が探してきてくれました。ギリギリで申し込みアテナに入りました。最初の授業が思った以上に楽しく、「この塾に通う」と決めました。
しかし毎月の月例テストの結果は芳しくありませんでした。原因分析をすると、算数が足を引っ張っていることに気が付きました。そこで私は苦手な単元にあえてチャレンジして理解を深めるようにしました。すると少しずつ、算数の成績が上がっていきました。
しかし5年生になって理科・社会が新たな科目として加わると急にやらなくてはいけないことが増え、社会の暗記や算数の特殊算を苦手とするようになってしまいました。悪いことにそれが6年生まで続きました。

6年生の2学期に入ると毎週、過去問をやるようになりました。過去問演習で間違えた問題や理解していない問題について、ひとつずつ調べたり質問したりするようになると、成績はどんどん上がっていきました。そして第一志望校である吉祥女子や浦和明けの星女子の過去問の点数が、合格最低点を越えるようになっていきました。

そして迎えた一月入試。同率第一志望校の浦和明の星女子の受験です。リラックスして入試に臨むことができ、国語と社会の自信があったのですが、算数の出来がイマイチで、受験者平均点も75から80点と高得点だったため、残念ながら不合格となってしまいました。しかし国府台女子は合格することができました。

2月1日の朝、宮本先生が応援に来てくださり、合格カイロをもらいました。問題との相性も良く「合格した」と思いました。その後は午後入試の恵泉女学園を受け、夜の合格発表を待ちました。しかし吉祥女子の結果は不合格。恵泉女学園は合格していましたが、気持ちはかなり落ち込みました。
次の日も吉祥女子を受けましたが、前日不合格だったこともあり、気持ちが焦って集中しきれませんでした。午後はアテナに行き、2月4日の浦和明の星女子の受験に向けて、宮本先生とマンツーマンで特訓しました。浦明けの過去問は結構取れるようになっていたので、宮本先生も「これなら浦明けリベンジ大丈夫だろう」と言ってくださいました。

2月3日は予定通り、第二志望の富士見を受けました。理科が簡単だったこともあり、無事合格。富士見の受験が終わってお昼ごはんを食べているとき、父から2月1日の吉祥女子の結果がマイナス1点だったと言われました。宮本先生が調べてくださったそうです。私はとても悔しいと感じ、このまま吉祥女子にリベンジを果たさずにはいられないと思いました。しかし浦和明の星女子もとても気に入っている学校です。同じ日に両方の学校を受けることはできません。私は悩みました。しかしこのまま引き下がったら、あとで絶対後悔すると思ったので、私は予定を変更し、2月4日は浦和明の星女子の受験をやめ、吉祥女子の3回目を受けることにしました。残念ながら合格を勝ち取ることはできませんでしたが、最後まで堂々と戦えましたので、後悔は全くありません。
私はこの受験で、一点の大切さと最後まであきらめないことを学びました。宮本先生とチューターの先生には本当に感謝しています。最後まで支えてくれてありがとうございました!

私が後輩に伝えたいことは、以下の5つです。
1.図や式は書き、単位を付けること
2.わからない問題は先生に必ず質問すること
3.遊びと勉強をのけじめをきちんとつけること
4.志望校や目標に向かって努力すること
5.最後まで諦めないこと

アテナの皆さん、これからもあきらめず頑張ってください!


H・Iさんの中学受験体験記

2019年度 法政大学中・中央大附属中・三田国際中・国府台女子中・山脇学園中 他合格

私は、小学3年生の終わり頃からアテナに通い始めました。なぜ塾に通い始めたのかというと、3年生で今まで通っていた学童が無くなり、一人で留守番をするのが嫌だったからです。そこで、私の家から一番近い塾であるアテナに通うことにしました。はじめは中学受験をする予定ではなかったので、いつかやめると思っていました。しかし、実際に授業を受けてみると、学校では平均よりちょっと下ぐらいの私でも、家に帰る頃には授業内容が理解できるようになっていました。同じ学年の人の雰囲気もよくて、この塾をやめたくないと思うようになりました。ですが、月例テストでは成績優秀者一覧に載ることはほぼなく、特に国語は絶望的でした。

そんな中、5年生になり、新たに理科・社会がスタートしました。私は暗記するのが大嫌いで、社会はいつも後回しにしていました。また、算数のチェックテストでは、授業では解けていたのに、実際にテストになるとケアレスミスが多く、再テストばかり。自分の注意力のなさも実感させられました。しかし、その頃はまだ中学受験をなめていました。再テストになるのがわかっていても怠けてばかりで、家での勉強量は最低限でした。そんな生活を続けていたところ、宮本先生から「授業のない平日は毎日自習室に来るように」と言われました。私は宿題や、今までほぼ白紙だった実力アップをすべて自習室でやることにしました。しかしそれでも、実力アップは私の好きな算数や理科の計算分野などしかやらず、苦手なものは後回しという私の悪い癖はなおらないままでした。

そして、そのまま6年生の夏休み、つまり過去問演習の時期を迎えてしまいました。私の第一志望校であった法政大学中学の入試問題は本当に簡単な問題しかなく、先生からは「算数は満点をとれる筈だから、狙っていけ」と言われました。ですが、過去問をやってみると、算数は私が得意なケアレスミスばかりで、その他の教科も受験者平均点程度しか取れず、現実の厳しさを思い知りました。

一月にはいり、朝から毎日塾に行くようになってからも成績はなかなか思うように上がらず、ひどい時には合格最低点を30点も下回るような、とても入試直前とは思えないような点数もとってしまいました。

2月1日まであと2週間くらいとなったある日、宮本先生から「社会を基礎から叩き直すぞ。それが逆転合格の最終手段だ」と言われ、一日6枚ペースでやらないと間に合わないような、とてつもない量の社会の特別課題が出されました。私はヒィヒィ言いながらそれでも毎日コツコツとやり進めました。これにより確実に基礎知識が増したと思います。
入試前日の1月31日。アテナ恒例だという「井の頭公園散策」に出かけました。入試直前だというのに井の頭公園はいつもと変わらぬ風景で、なんだかとても落ちつけました。寒かったですが受験前にリラックス出来てよかったと思います。

そしてとうとう迎えた2月1日の法政大学中の入試日。しかし、ここで大きなハプニングがあったのです。なんとおっちょこちょいなことに、私は消しゴムを忘れてきてしまったのです!しかもそれに気づいたのは、試験が始まってからでした。正直、もうこの第一回の試験での合格は厳しいと思いました。それでも宮本先生の「最後の一秒まであきらめるな」という言葉を思い出し、私は最後の科目まで消しゴムなしで乗り切りました。

その日の午後は三田国際中学です。私は気持ちを切り替え臨みました。算数のみの入試で頭を使う問題が多く苦戦しましたが、空欄はなく最後までやり切ることができました。夜になり、いよいよ結果発表です。母と二人でドキドキしながら見てみると、午前の法政大学中は自分でも驚いたのですが、なんと繰り上げ候補者のなかに入っていました。手ごたえのあった午後の三田国際は予想通り合格。私は三田国際を気に入っていたので、まず一つ行ける学校を確保することができ、ホっとしました。ですが私の入試は先まだまだ長かったのです。

2月3日、私はもう一度法政大学中を受験しました。しかし、結果は、なんとまた繰り上がり候補者!まさか2回連続補欠だなんて!2月4日は第二志望である中央大学付属中学校を受けました。これまで過去問をやってみても、あまりに相性が良くないと感じていた学校だったので不安はありましたが、いざ受けてみると私の好きな分野がたくさん出たおかげか、合格することができました。そして2月5日、法政中の最終チャレンジの日です。この学校は受けた回数、くり上がり候補者になった回数の多い人からくり上がっていく仕組みなので、三回中三回受けて二回くり上がりだった私はたとえ今回ダメでも繰り上がる可能性は高かったと思います。でもくり上がりとして合格するのは何だか悔しいと感じた私は「一番倍率の高い今回で絶対合格してやる!」という強い意気込みで入試に臨みました。結果は合格。本当に嬉しかったです。

3年間の受験勉強は正直大変でしたが、この塾に入ったおかげで一度もやめようとは思いませんでした。宮本先生のおかげでここまで来られたのだと思います。今まで本当にありがとうございました。

アテナは先生との距離感が近く、気軽に質問や相談ができる環境です。また合宿やイベントなどを通じて、同じ学年の子だけでなく、違う学年や卒業生たちとも交流が持てるところも魅力です。少人数だからこその良い所がたくさんある塾だと思います。アテナに通ってよかったと思います。


2018年度

Y・Sさんの中学受験体験記

2018年度 恵泉女学園中・国府台女子中・西武文理中特待 他合格

私がアテナ進学ゼミに入塾したのは四年生の夏です。それまでは他の塾にいたのですが、算数の授業が分かりづらく、質問もしにくい環境でした。家で母に手伝ってもらいながらでないと良い点が取れない状態で不安でした。そんなとき、母がアテナ進学ゼミを見つけてきてくれました。宮本先生の体験授業もとても面白く、この塾に通いたいと思い転塾を決めました。 しかし、入塾した当時はきちんとした目標もなく、ただなんとなくやっている状態でした。理科と社会は苦手でしたが、国語と算数は得意だったため、私は四年生の頃は良い点数が取れていました。しかし五年生になって、理社が科目として入ってくると、四科目の合計点数が伸びず悩みました。

そのまま六年生になり、夏の終わり頃から過去問をやり始めたのですが、最初のうちは合格最低点にもなかなか届かず、とても不安になりました。しかしそんな私を宮本先生が「しっかり対策していけば大丈夫!」と勇気付けてくれました。第一希望の吉祥女子の過去問では、理科の化学と物理の計算問題、社会の公民の問題、そして算数の各文章問題を全て解き終わるのに時間が足りていないということに気付きました。すると宮本先生が過去問対策ノートを作ることを提案してくださいました。十年分の過去問から、やるべき箇所に付箋をつけていただき、それを両親がコピーをしてノートに貼ってくれました。私はそれをひたすらに解き、宮本先生にチェックをしていただきました。解き始めたころ、理科の簡略図や化学反応式を描かずにいたことを先生は厳しく叱りました。それから私は、図をしっかり描くことを意識するようにしました。すると、理科は一気に点数が上がったのです。算数も、解いている際に焦るのが嫌だったので時間を計ることが嫌いでしたが、自分のためだと思い、計るように心がけました。

少しずつではありますが過去問の点数も上がっていき、やがて一月入試が始まりました。まずは西武文理中。前日も緊張せずよく眠れました。当日の朝は暗いうちに家を出て学校へ向かいました。宮本先生が入試応援に来てくださり、とても心強い気持ちになりました。入試も手応えがあり、夜の合格発表ではドキドキしましたが、特待生Cの合格を勝ち取ることができ、とても嬉しかったです。
その十日ほど後に国府台女子学院を受けました。こちらも平常心で受けることができ、合格することが出来ました。二月本番前は小学校に行きたい気持ちがとても強かったのですが、最後十日間は学校を休み、集中して吉祥女子の過去問や宮本先生が作ってくださった直前のまとめ冊子を、朝から晩まで頑張って解きました。アテナの友達と過ごす毎日も楽しく充実していました。

そして二月一日、いよいよ本番が始まりました。当日、緊張はしませんでしたが、吉祥女子中学の受験生の雰囲気に圧倒されてしまい、思うように力が出せませんでした。終わった後は少し重たい気持ちでしたが、午後受験の恵泉女学園へ向かいました。試験の前に校長先生のお話と礼拝があり、賛美歌を歌いました。その時にとてもリラックスでき、試験でも力を出し切ることが出来ました。
夜の合格発表では思った通り、吉祥女子は合格できず、恵泉女学園には合格することが出来ました。悔しい気持ちはあったけれど、恵泉女学園は四年生の頃から気に入っている学校だったので、とても嬉しかったです。「このまま恵泉に通うことになってもきっと頑張れる!」と思いました。併願校は自分が気に入っている学校、通いたいと思う学校を選んでおくことがとても大切だと思いました。この先の受験をどうするか、宮本先生と電話で相談し、自分で決めたことなので、吉祥女子は最後まで諦めずにチャレンジすることにしました。

結果として、吉祥女子に合格するという目標は達成できなかったけれど、最後まで頑張ることで大きな達成感を得ることが出来ました。とても清々しい気持ちで恵泉女学園に進学出来ることを嬉しく思っています。宮本先生には最後までとても丁寧に時には厳しく、時には優しく、そして面白くご指導していただき、最後まで楽しく通うことが出来ました。本当にありがとうございました。これから受験するアテナ生に伝えたいことは、

①宮本先生に言われたことをきちんと出来るようにする。(簡略図、化学反応式、算数の図を書く)
②わからない問題は必ず質問に行く。
③時間を計ってメリハリを持って勉強をする。
④気分転換も時には必要。
⑤まだまだ日にちがあると思って油断しない。

この5つです。皆さん頑張ってください。


H・Hくんの中学受験体験記

2018年度 早稲田佐賀中 合格

私は、四年生から吉祥寺女子に入りたくて受験勉強を始めました。
初めは早稲田アカデミーに通っていましたが、授業だけで内容を理解することが出来ず、いつも母にやり方を聞きながら宿題をしていました。四年生の冬ごろ、母がアテナをすすめてくれました。体験授業を受けてみると、すごく分かりやすく、転塾することを決めました。アテナの算数は、先生が解説をしたあとに演習問題を解いて、理解してから家に帰ります。そのおかげで、母に聞いて宿題をすることがなくなりました。しかし国語はというと、アタックテストで足を引っぱることが増えてきました。先生には、音読をするようにと言われました。私は音読が下手で大嫌いだったので逃げていましたが、父と特訓を始めました。この音読特訓は、五年の春から六年の夏まで続き、徐々に国語が足を引っぱらなくなりました。

勉強と並行し、吉祥寺女子以外の学校探しも始めました。私は、活発な学校を希望していて、なかなか行きたい学校が見つかりませんでした。そんなとき、父が早稲田佐賀中学を見つけて、学校説明会に連れて行ってくれました。私はすごく気に入り、この二校を目標に勉強を頑張ることにしました。

夏期講習後半から悪夢の過去問演習が始まりました。吉祥寺女子の過去問では、なかなか合格最低点に届かず、スランプに陥ったこともありました。そんなとき先生は、勉強を一日休んで遊びなさいとアドバイスをしてくれました。そんなことを乗り越えながら一月七日、早稲田佐賀の入試をむかえました。とくに緊張することもなく落ち着いて問題を解くことができました。結果合格を勝ち取ることができました。しかし、まだまだ受験は続きます。一月は毎日のように吉祥寺女子の過去問を解き続けました。先生は間違えたところをていねいに教えてくれました。

そしてついに二月一日、吉祥女子中学の入試をむかえました。早稲田佐賀同様、朝先生が応援に来てくれました。緊張せず問題を解くことができましたが、結果不合格。続く二回目、三回目も合格することができませんでした。一生懸命がんばったので悔いはありません。私は早稲田佐賀中学に進学します。寮生活も楽しみにしています。

二年間ありがとうございました。佐賀にぜひ遊びに来てください。


K・Oくんの中学受験体験記

2018年度 桐朋中・暁星中・西武文理中特待 他合格

僕は五年生の少し前にアテナに入りました。双子の先輩がアテナに入っており、ぼくのタイプにアテナが合っているとすすめられたからでした。しかし入ってから成績はずっと右肩下がり。それもそのはず、計算日記・漢字日記はやったりやらなかったりで、宿題も時々あやしかったからです。しかし、そんな中で朝方人間という長所を活かし、朝に学習の時間が取れたのは良かったです。

成績が上がり始めたのは六年生になってから。目標が定まったからと自分なりに考えております。月例との相性はソコソコで、首都圏模試との相性は良好。記述力アップにはニュース日記等、宮本先生が自分に合った学習法を考えてくださいました。しかし夏のコンプリはあまりやらず、そのせいで地理の弱さはそのままでした。入試に地理が出なかったのは幸運でした。現アテナ生の人たちは僕のように運に頼らぬよう、苦手分野のコクフクに力をそそいだ方が良いと思います。

九月になって過去問が始まりましたが、武蔵の過去問はプラスになったのが一回しかなかったです。暁星は算数が問題で、桐朋は相性が比較的良好。暁星の算数は回を重ねるとだんだん点数が上がりましたが、武蔵は変化ナシ。結果として一日は桐朋を受けることになりました。数日前には、激励会と称して家族と焼き肉店に行きました。

一日はT君と兄のS君が桐朋の前で激励してくれました。国語はいつも通り、算数自信あり、理科不安、社会いつも通りといった感じで、試験官の人が強面で緊張しました。午後入試はやりませんでした。夜十時発表なので、九時に寝て、翌朝結果をききました。母の寝ボケ気味の声が合格を知らせてくれました。三日の暁星は楽しんで受けることができ、合格でした。

自分のタイプにあったアテナにめぐり会え、幸運でした。


S・Kさんの中学受験体験記

2018年度 吉祥女子中・富士見中 他合格

私は小学四年生の時、中学受験をしたいと言い出しました。きっかけは、いとこが中学受験をしたことと、私の学区の公立中学校の水泳の授業がとても厳しいからでした。そして母がマイペースな私に合うであろう塾を見つけてくれました。それが「アテナ進学ゼミ」です。体験授業がとても楽しかったので、他の塾の体験授業には行かず「この塾に通う!」と決めました。

しかし、算数は苦手で毎回再テストになるほどでした。父や先生に質問をして再テストになる回数は減ったのですが、それ以上に大きな問題がありました。それは、計算日記と国語の記述、短文作文が全然できないことです。しかも、六年生になったら計算チェックテストの解き直しもあり、やらなければいけないことがどっさりありました。夏休みになってコンプリももらいましたが、計算日記や短文作文と一緒で全然できませんでした。国語の記述は過去問DAYが始まってから少しずつ書くようになったと思います。第一志望校である吉祥女子中学校は、記述がよく出るので書けなきゃいけないと思ったからです。最初は問題の解き直しをするとき解答解説をよく読んだり、模範解答を自分なりに変えてみたりしました。そして過去問をやっていくうちに、算数のスピードも足りないということがわかってきたため、一月校である浦和明の星女子中学校の過去問をたくさん解きました。その成果は目に見えてきて、過去問の点数が上がってきました。そして、一月の入試に臨みましたが、結果は不合格でした。けど、すぐに気持ちを切り替えて二週間後に向けて勉強しました。

そして二月一日、試験会場に行くと先生が待っていてくれました。おかげで、安心して試験に臨むことができました。夜、合格発表を見て、合格したとわかった時はとても嬉しかったです。二日は学校に行きました。友達や担任の先生、小学校にいる吉祥女子中学校出身の先生が「おめでとう」と言ってくれました。三日は予定通り富士見の試験を受けました。結果は合格。受かったとわかり、ホッとしました。

宮本先生、二年間ありがとうございました。現アテナ生の皆さん、努力はいつか必ず報われるので、頑張ってください!


Y・Tくんの中学受験体験記

2018年度 武蔵中・桐朋中・立教新座中 他合格

僕がアテナに通い始めたのは、三年生の終わり頃でした。四・五年生の時、月例テストで成績が良い方だったので僕は安心していました。受験まで一年をきった六年生になっても気合が入らず、夏休みはコンプリをほとんどやりませんでした。僕は中学受験をナメていたのです。

それを痛感したのが、六年生の秋から始まった過去問演習でした。第一志望校である武蔵の最初の過去問。国語・理科ともに冴えず、算数・社会にいたってはひどいものでした。この結果から浮き彫りになった課題は、社会の記述力の強化でした。

そこで先生が提案したのが、「社会の実力アップ問題集の応用問題」をやることでした。応用問題は記述問題ばかりで、武蔵の入試問題とよく似ているからです。僕は早速、応用問題に取り掛かりました。また過去問演習の時、先生から「武蔵OBの間では、『武蔵は算数で満点を取った受験生を確実に合格させているのではないか』という噂がある」と聞いていたので、算数は満点を目指して取り組みました。

そして、ついにやってきた2月1日の武蔵の入試。応援に駆けつけてくれたチューターの小林先生の言葉とカイロ・宮本先生との電話で落ち着き、自信を持って本番に臨むことができました。試験では社会・理科に不安が残ったものの、二限目の算数は自信がありました。結果は合格。合格掲示板に自分の番号を見た時は、合格できた嬉しさと宮本先生への感謝の気持ちが心の底からあふれてきました。

入試本番では、手応えのあった算数が僕の合否をわけたのだと思います。算数は、入試直前のサピ模試の過去問でもミスが目立って目標の満点に届かず、正直不安でした。しかし、宮本先生・先輩のアドバイスのおかげで、最初は解法がわからなかった問題を解くことができました。改めて、僕を武蔵に導いて下さった宮本先生・チューターの先生方、ありがとうございました。また、今まで僕を見守ってくれたお母さん、ありがとうございました。この経験を糧に、中学でも頑張りたいです。


S・Kさんの中学受験体験記

2018年度 吉祥女子中・光塩女子学院中・恵泉女学園中 他合格

私は、小学四年生からアテナに通い始めました。

学校では好成績だった算数が、最初の授業から分からず,頭がこんがらがっていました。そして成績が低空飛行のまま五年生になりました。それでも、遊びが楽しく遊びまくってしまっていて、成績は上がりませんでした。第一志望校を吉祥女子に決定してからも成績は全く変わりませんでした。六年生になってから、遊びを多少減らして、テキストの問題を復習するようになって、成績が少しずつ上がり始めました。

六年の夏の終わりから過去問演習が始まっても、同じ第一志望校の友達が合格最低点を超えている中で、私はマイナス五〇点から四〇点をうろついていました。これではダメだと思ってからも、答えを持っているので質問しなくてもいいかなと考えてしまい、自習中に質問に行くことはあまりありませんでした。

しかし、宮本先生が過去問を分析してくださり、自分の苦手な分野がだんだん分かるようになってきました。そこで、苦手分野を集中的に復習するようにしました。すると、過去問でも合格最低点のマイナス一〇点くらいからプラスの点数を取れるようになりました。

そして、第一志望の吉祥女子の試験日の二月一日になりました。手ごたえはあり、計算ミスをしていなければ合格できるかなと思っていました。しかし、結果は不合格でした。とてもショックでした。

ですが、二月二日に第一志望校の試験の申込みも一応していましたが、確実に合格できそうな第二志望校を受ける予定でした。でも、この日に第二志望校を受けてしまうと、次の吉祥女子の受験日は二月四日になってしまい、合格ラインが上がってしまいます。一日の入試でやっと合格点に届くかどうかの私が受かるとは考えられませんでした。かといって、二日に第二志望校を受けないと、第一志望校どころか、公立の中学校に行かなければいけないことも考えなければいけませんでした。私は、二月一日の夜寝る時も、二月二日朝家を出る時も、吉祥寺駅に着いてからもどちらの学校を受けるかずっと考えていました。これまで勉強を続けてきたことをいろいろ思い返しました。私は、これまで第一志望校に行きたいと思って一生懸命勉強を続けてきました。それなので、最後に吉祥女子を受けることに決めました。こう決めたのは西荻窪駅に着いてからでした。

私は二月二日の試験前、宮本先生から「神様は私たちに乗り越えられない試練を与えるはずがない。」と言われました。私は、宮本先生のその言葉にはげまされて会場へ行きました。雪のため試験の開始時間が30分遅れました。そして他の受験生がテキストなどを見直し続けている中、私は、ゴロ社会などを見直してから、一人ポイフルを食べて馬鹿みたいにリラックスしていました。頑張って問題を解きましたが、試験の方は一日よりも出来が悪い感じで悲しくなってしまいました。しかし、二日は合格でした。信じられないくらいうれしかったです。後で思い返してみると、初めにリラックスできたのが自分の力を出せた原因だったのかなと思います。

宮本先生はとても信頼することのできる先生です。宮本先生の授業は、ギャグを使って覚えることを覚えやすくしてくださったり、テキストに書かれている解き方よりもわかりやすい解き方を教えてくださったりする、楽しくて飽きない授業でした。これから宮本先生の授業が受けられなくなるのはとてもさみしいです。しゃかりかクラブでは富岡製紙場に行ったり、自然体験ツアーで地層を見たり、石を集めたり、植物を観察したり、夏には広島や奈良に行って、普段できないような体験を通して,教科書だけではわからない勉強もできました。三年間ありがとうございました。また、プリントをコピーをいてくれたり、試験前に風邪をひかないように気を付けてくれたりなど、受験をサポートしてくれた家族にも感謝しています。

私は、吉祥女子に入りたいといつも心の中で唱えて頑張りました。偏差値が今志望校に届いていなくても、頑張ればきっと成績は伸びます。 皆さんもあきらめないで頑張って下さい。


2017年度

T・Kくんの中学受験体験記

2017年度 桐朋中・暁星中・西武文理中C特待 他合格

「よく寝られた?」、「表情をゆるめて頑張ろう」、その言葉で先生に送り出された2月1日武蔵中学校の入試。一限目の国語はよく書けたので、いけると思い、二~四限目に臨みました。しかし理科と算数に不安が残り、結果は不合格。合格掲示板を見たときは悔しさでいっぱいになりましたが、先生の「T君を誇りに思います」という言葉で、「明日頑張ろう」と気持ちを切り替えることができました。しかし先生は武蔵のために全力を投じてくださったのに武蔵に合格できず先生に申し訳ない気持ちは残っていました。

僕がアテナに入ったのは3年生の2月でした。当初は小学校で習わない算数の解法が理解できず、先生が4年生授業廃止を視野に入れるほど成績がダメダメでした。そのため、この頃はまだ授業はつまらないものだと考えてしまっていました。しかし夏期講習で、ほぼ毎日先生の授業を受けているうちに授業が楽しくなり成績も伸びはじめました。また、算数が苦手になってきたので計算日記を積極的に取り組みました。

5年生になり志望校を本格的に決めることとなり、僕は兄が通っている武蔵中学校を第一志望に決めた。先生もそれを認めてくれました。そのため勉強量が4年生のときよりも格段に増え、さらに得意分野の社会が授業科目に入ったので成績はぐんぐん伸び、成績優秀者一覧の1位~5位に入るようになりました。また、6人ほどがアテナに入塾し人数が増えたため他の人との闘争心が一段と増し、その膨れ上がった闘争心が勉強をしようという意志をかきたてるのでした。しかし5年生になり苦痛なことが2つできました。1つ目は外部模試の成績です。いくら勉強しても成績は伸びず、武蔵を受けるのなら偏差値が70はないといけないのに、自分の偏差値は50台後半から60台前半をうろうろしていました。外部模試の結果が悪いたびに先生は「次がんばろう」と声をかけてくれて、その言葉が僕にとって唯一の励ましとなりました。2つ目は月例テストの算数です。4年生の頃は、算数はそこそことれていましたが、5年生になり急に算数の成績が落ちはじめました。先生には「武蔵を受けるのなら絶対に算数は80点台をとれ」と毎回言われていたが、どうしても76点で止まってしまうのでした。そのため僕は計算日記でつまずくと先生に質問に行った。質問に行くと問題に対しての理解が深まっていくため、算数がより面白く楽しくなっていきました。また、平面図形や速さの問題が出てくると必ず図を描くことを心がけました。

6年生の9月、過去問演習が始まりました。僕は早速、武蔵の過去問に取り組みました。しかし国語の記述力、社会の知識、算数の解き方が合格水準にまったく及ばず、多い時には合格最低点からマイナス70点をゆうに超えていました。武蔵の採点は先生自らしてくれて、授業のあとに弱点などを細やかに教えてくれました。この過去問演習で僕の苦手分野が3つ見えてきました。1つ目は算数の速さ、平面図形、仕事算です。そのため先生の指示で、僕は第2志望、第3志望の桐朋、暁星の算数の過去問を合わせて14カ年分を、武蔵の過去問の解き直しの後にやりました。すると算数の得点が30点台かあら50点台にあがるようになりました。2つ目は国語の記述です。この対策としては日常の中の一場面を切り取り、その時のその人の心情やなぜそうなったのかを考えるようにしました。これも効果があり、国語の得点は50点を下回らなくなり、高いときは70点台をとれるようになりました。3つ目は社会の記述です。これに対しては先生の指示してくれた大人向け本の日本史シリーズを買い、暇さえあればそれを読むという方法をとりました。すると社会の記述は抜群に伸び、最後の自由記述も深みが出てきました。先生は「過去最高の記述の深みだ」と言ってくださいました。僕はこの言葉で自信が湧き、過去問演習が今までよりもさらに楽しくなりました。今思えば、あの楽しさが、過去問の得点力アップにつながったのだと思います。そしてやってきた過去問最後の日、僕は今までにない全力を投じ、結果は合格最低点を超えることができました。第一志望プラス27点、第二志望プラス38点、第三志望プラス20点。この結果を糧に、僕は二月一日、二日、三日の入試に臨みました。 もうやり残したことはないという気持ちで挑むことができました。残念ながら武蔵は合格できませんでしたが、桐朋、暁星の合格をつかむことができました。武蔵を目指してがんばり続けた三年間。僕は、この間に、グローバル化が進むこれからの世界に役立つ記述力、絶対にあきらめない不屈の精神力を得ました。

そしてなにより良かったのが、宮本先生に4年生の頃から教えてもらったことです。僕を叱って鍛えてくれ、全力でサポートしてくださった宮本先生、本当にありがとうございました。最後に現アテナ生にメッセージです。「算数は絶対に図や式を書く。」「分からないことがあったら先生に質問に行く。」「そして絶対にあきらめないこと。」以上です。自分を桐朋に導いてくださった宮本先生、温かく見守ってくれた両親と兄、丸つけをしてくださったチューターの先生方、共に励まし合い競い合った2016年度アテナ生の皆さま、本当にありがとうございました。


R・Iくんの中学受験体験記

2017年度 城北中・学芸大小金井中・東京農大第一中・西武文理中A特待 他合格

僕は小学四年生の冬に「自分と周りのレベルが近いと、中学生活が楽しくなる」と親に中学受験を勧められ、親が探してくれたのがアテナでした。体験授業を受けてみて楽しかったので、入塾しました。四年生のうちは好成績だったのですが、五年生になって社会が出てくると、その分を三教科でまかなうことができなくなってきました。また、算数の計算問題や国語の語句、理科の植物がボロボロで、コツコツ努力するのが嫌でした。計算日記や短文も三日坊主で、?をついていました。しかし、月例テストの解き直しでだんだんと点を取れるようになってきました。残った社会は、暇なときにゴロ社会をとにかくたくさん読むことと、社会のコンプリで、小6の夏休み後から急速に点が取れるようになりました。先生に「社会はできて当たり前」と言われていたので、克服できてうれしかったです。

さて、九月から過去問演習が始まりました。はじめに第一志望校の武蔵の過去問を解いたのですが、これがもう最悪。ここから先生に記述のアドバイスをもらったりして何とか点は取れるようになりました。しかし波があって、点が取れるときと取れないときがあり、原因を追究してみると、恋愛文が苦手だと判明。これもたくさん過去問を解き経験を積むことで克服できました。武蔵以外の学校はそんなに苦労せず、一月は毎日武蔵の過去問を毎日解きました。母には頑張りすぎ、と叱られましたが、だんだん自信がついてきました。

そうして、二月一日はガチガチに緊張することもなく受験することができました。しかし残念ながら武蔵中は不合格になってしまいました。しかし算数で大失敗をしてしまったので、少しは予想していたことであり、大したショックではなかったです。他は全て合格できました。

僕がここまでこれたのは、よく家族会議をしたからだと思っています。今の自分を把握して、親と一緒に学習の計画を立てる、ということです。自分が決めたことなので「絶対やらなきゃ」というように思えてモチベーションが上がりました。最後に、学習というのは全て努力が原点であるということ。これを忘れずに皆さんも頑張ってください。

宮本先生、今までありがとうございました。


Y・Mくんの中学受験体験記

2017年度 桐朋中・成蹊中・東京農大第一中・学習院中 他合格

僕がこのアテナ進学ゼミに入ったのは4年生の10月でした。姉が通っていたので、元から入るという考えはありました。はじめのうちは学校でやったことのないことをするのに苦戦していました。特に算数の日付の問題が苦手で、日付の問題が出るとすぐに自信が無くなってしまいました。そのため、アタックテストでは全体的に点数が悪く悩んでいました。

5年生になってさらに社会と理科が加わると、暗記もろくにやらなかった僕はアタックテストで全教科点数が低いという最悪な結果を出してしまいました。でも先生はそんな僕の解きなおしノートの悪いところを指摘したり、計算日記をやれと言ったり、時には厳しくしかってくださいました。そういったやり取りをしている内に算数と国語の成績が伸びてきました。しかし、ほかに社会と理科の暗記という壁がありました。僕は理科の計算分野は得意な方でした。外部模試などを受けてみてもやはり暗記分野のところで全体の成績を下げていました。そのまま6年生になり歴史の暗記も増え、暗記をなかなかやろうとしない僕は夏休みに苦戦しました。そして、夏休みが終わり過去問がスタートしました。第一志望の過去問は点数が不安定でした。そこで算数で落とした点数をカバーするために、先生は夏休みのコンプリーションの苦手なところを何回もやるのを勧めてくれました。そうして僕は自分のためだと思い、積極的にコンプリを解いたり、語呂合わせの本を読むようになり、少しずつ過去問の暗記分野で点数が取れるようになりました。

そして2月1日。ガチガチに緊張するということはなく、終わったときはやり切ったという感じがあり、第1志望には合格することができました。これも僕をサポートしてくださった先生や家族のおかげだと思います。一緒に競い合った友達やサポートしてくださった先生や家族、ありがとうございました。


M・Yさんの中学受験体験記

2017年度 三輪田中・山脇学園中・女子聖学院中・長崎日大中 他合格

私は三年生の夏に早稲田アカデミーの授業を体験しました。でも授業がわかりにくく、とても質問できる環境ではなく自分の好みの環境ではありませんでした。でも私は、どうしても「私立の学校に行きたい。私立の学校に行けば楽しい学校生活ができる。」と思っていてどうしても中学受験をしたいと思っていました。そんな私の思いにこたえてくれたのが母でした。母がすすめてくれた塾、それが「アテナ進学ゼミ」でした。入った当時は、今思えばあまりやる気がなく、宿題もあまりちゃんとやらなかったため成績はさんざんでした。しかし、先生によく「算数はきちんと図をかけ。」と言われ、言われたとおりに宿題をやっていくうちに算数の成績がどんどんのびていきました。

そして六年になり、過去問演習。私は、なかなか合格最低点に届かず、悩んでいました。危機的状況でした。あるとき、母が「実力は十分にあるのだから気持ちを落ち着かせて解けばいい。絶対に受かるから。」と言ってくれました。この言葉は私の気持ちを落ち着かせてくれました。そしてあっという間に長崎日大中の入試の日がやってきました。私は緊張しすぎて問題があまり解けなかったです。合格発表は十二日。毎日ドキドキしていました。結果、合格していました。長崎日大中の反省を生かして次の過去問演習に取り組みました。私は国語が苦手なので、算数で点数を稼がなくてはなりません。先生に「算数の小問で満点をとれるように」と言われ、解けなかった問題をできるようになるまで何度も解きました。すると小問の正答率がだんだん上がり、点数も十点を超えるようになりました。そして、合格最低点もコンスタントにクリアできるようになり、少し安心しました。

そして二月一日、私は第一志望校の入試の時、緊張せずに問題用紙に気持ちをぶつけることができました。入試が終わったあと、「絶対合格できる!」と自信がありました。そして合格発表。わたしはドキドキしながら待っていました。結果は合格でした。母も弟も跳んで喜んでくれました。父が会社帰りに合格書類を貰いに行ってくれて、ケーキも買ってきてくれました。とてもおいしく感じられました。二月二日の入試も前日と同じ気持ちで受けました。結果、合格でした。受けた学校に全て合格でき、うれしかったです。

わたしは中学受験で「努力は人を裏切らない」ということを実感することができました。だからわたしは、中学受験をして良かったと思います。そして中学受験をやりとげたことを誇りに思っています。今まで支えて下さった宮本先生ありがとうございました。家族の応援にも感謝しています。中学校に行っても努力をおこたらず、何事にも一生懸命取り組みたいです。


A・Kさんの中学受験体験記

2017年度 学芸大竹早中・専修大松戸中 他合格

私は、二十八年度六年生の中で最も悪い例だと思います。だからこそ反省すべき点がたくさんあり、それを後輩に伝えることができます。

先日、テレビで「勉強には、息抜きも必要だ」と言われていました。もちろん知っていましたが、私は息抜きを五年生からしすぎていたのです。もし、まじめに最初から学習に取り組んでいれば、私の人生は変わっていたと思います。アテナでの宿題が少なかったのもありましたが、私はいつも学校から帰ってきて遊び一時間弱で勉強が終了しました。一時間もやっていない私をみてさぞかし母は心配だったと思います。テレビもマンガも見て、わたしは塾に通っている人とは思えないほどでした。

また、通塾に時間がかかり電車の時間を有効に使うように言われましたが、実は電車の中でやり始めたのは6年の10月後半でした。それまでは教科書を広げてみることはありましたが、問題を解くことはなく、本を読んだり寝たりしていました。しかし十二月末には車内で過去問を解くこともありました。

こんなことばかりな私ですが、やる気スイッチが入ることにつながった原因は三つ。

一つ目は、自分の弱いところ、強いところをしっかりと判断できたこと。日曜日は過去問の日でしたが、わたしは弱点の克服のため、先生と相談し日曜日の過去問は一時休むことにし、弱点のところの問題を、時には父にも協力してもらい解きました。その成果が、スタート時は9点をとっていた第一志望の算数で50点台を連続して取ることができるようになりました。二つ目は、模試で自分の現状を理解したこと。国語はとても点数がよく、サピ模試も早稲アカ模試も20位台でしたが、他の科目が最悪。さすがに危機感を覚えました。三つめは、自分にあったライバルを見つけられたこと。わたしは、どちらかというと男子の方が仲良くなれたので自分よりも少し上のK君をライバルにしましたが、その判断は間違っていなかったと今も思います。先輩の人たちにもたくさん励ましてもらいました。本当に感謝しています。

偉そうなことを言っていますが、私は第一志望校不合格でした。でも、私は挫折を経験してよかったと心より思います。不合格と知った日、「ああ、あの字が読めていれば」「文学史を覚えていれば」と思いました。でも、それが私の実力なのだと思いました。私みたいにバカにポジティブだからそう思えただけです。そんな思いはできるならしてほしくないです。

本当にどうしたらいいかわからなくなることは、私もありました。そんな時に、宮本先生に頼って私はすごくほっとしました。宮本先生は、いつも親身に話を聞いてくれました。

今、私は少しも後悔していません。むしろ素敵な先生、友達に出会えてうれしく思っています。全力を出せるように体調管理をしてくれた両親にも感謝しています。

人生で一度きりの入試、絶対後悔しないようなものにしてほしいです。私たちの後もずっとアテナが続くように祈ります。がんばってください。


2016年度

M・Sさんの中学受験体験記

2016年度 吉祥女子中・浦和明の星女子中・東京農大第一中 他合格

「自分を信じてがんばって、じゃあ、いってらっしゃい。」
「はい、いってきます。」

二月一日の朝、私は吉祥女子中学校の校門の前で宮本先生に電話をかけていました。周りにはサピックスやら日能研やらの先生がずらーっと一列に並び、受験生を激励していました。そんな中を私はお母さんと二人きりで歩いていたため、他の受験生にはとてもかなわないんじゃないかという気がし、とても不安になっていました。また、少し緊張もしていました、しかしそんな不安や緊張も先生の言葉を聞いているうちに薄れ、リラックスすることができました。そしてその日、わたしは合格を手にすることができたのでした。

私がアテナに転塾したのは四年生の春休みでした。前に通っていた塾では一対一で授業を行っていました。そのためはじめは、少人数でちゃんと教えてもらえるのかなと少し心配でした。しかし先生のわかりやすい授業を受けているうちに、アテナって楽しい、アテナに通えてよかったと思うようになりました。そして先生に習っているうちに段々と学力もついていき、月例テストで一位を取るのがほとんどになっていきました。けれど九月になって過去問演習をやり始めたころ、私に欠けているものがより明確になってきました。それは知識です。なんだ、たいしたことないじゃないかと思うかもしれませんが、私は社会が本当に苦手でした。受験者平均点を下回ったりすることが多く、また、社会の中でも特に地理と年号暗記ができませんでした。単語帳を作ったり「ゴロ合わせで覚える社会」などを読んだりはしていましたが上手くいかず、あきらめることもありました。そんな時、宮本先生は私のことを本気で怒ってくれました。そのおかげで私は気合を入れることができ、点を取れるようになりました。宮本先生には本当に感謝しています。

今私は吉祥女子中学校に入学するための準備をしています。アテナで使ったノートや過去問などの整理もしています。説明会に行ったり、ノート一冊一冊を手に取って見るたびにああ、中学受験をして良かった、アテナに通えて良かったなあと思います。それはもちろん、合格できたからという理由からです。けれどもそれ以外にも、勉強をする面白さを知れた、勉強が好きになれた、自分に対する自信をつけることが出来たなど様々なことから良かったと実感します。今思えば、アテナに通っていた時間は本当にかけがえのなく、大切なものでした。そして先生のおかげで私は合格することが出来ました。

宮本先生、本当にありがとうございました。


K・Kさんの中学受験体験記

2016年度 成蹊中・恵泉女学園中・西武文理中特選 他合格

私は、四教科の中で特に社会が大の苦手でした。理科はとても好き。国語は結構得意。算数は少し苦手かも。だから算数が早めに終わりたくさんマルをもらえたときはとても嬉しく、六年のころは問題を解くのが好きになれました。

しかし、社会の授業前はずいぶんテンションが下がり、こんな科目なければいいのに・・・と思ってしまうのでした。

私はハリー・ポッターシリーズが大好きなのですが、物語の中の呪文や魔法生物ならたくさん覚えられるのに社会が出来ないので年号や言葉、人物名、地域名、国名すべて呪文にして私の頭に入るようにしたい!というより私の記憶力を上げる魔法はないのか!私のようなマグル(魔法が使えない人)には出来ないのか!というレベルで、そう考えると覚えてどうなるのか、社会人になって本当に役に立つのか考えてしまって結局覚えるのがおっくうになってしまって・・・と、どうしようもないのでした。

そして、試験が急に近づいてきたように感じる一月。ずうっと過去問を解き、解き直す、答え合わせ、バツがつく、もう一度、またバツ、質問する、で、また解き直し、と繰り返している上旬のある夜、急に何かが心配になってきたんです。

それが私が社会が出来ないことの心配だとわかり、それからは参考書、時事問題集を持ち、年号や人物名の暗記、言葉や国名地名の暗記を始めました。これが先生が言う「クライマーズ・ハイ」だったのかもしれません。そこからは、もうラストスパートで一気に年号、名前、国名を一気に頭にたたきこんでいけるようになりました。もう社会はそこまで苦手科目ではなくなり、自分がマグルであったことを悔やむこともなくなりました。

試験当日は一月校が上手くいったこともありあまり緊張せず・・なんてとんでもない!!もうドキドキのバクバクでした。終わったとき私はあまり上手く出来なかった気がしてなりませんでした。とても大きな不安を持ちながら午後受験へ向かいました。午後受験が終わった時は上手く出来たかなぁと思いました。 さて、夜になりインターネットでの合格発表。

午前受験のR校の結果は・・・やはり上手くいかなかったと思ったのは正しく残念ながら・・・。しかし予想はしていたのでそれほどのショックはありませんでした。

午後受験のK校は無事合格。

さて、どうしましょう。合格をくれたK校はとてもいい学校なのですが、もう少しランクの高い学校に行きたい気もする。第二志望としていたK校は実はそれほど好きな学校ではありませんでした。そこで突然上がった案がS校受験。父が強くすすめていた学校だったのですが共学だったので受験校からは外していました。(私は女子校希望)

これまで一度も対策をしていませんでしたがK校を捨てS校を受験する!と決意しました。

二月二日、三日で去年と一昨年の過去問を解くだけで四日の受験本番がやってきてしまいました。試験が終わったとき、正直これはイケたかなぁと思いました。しかし昼食中に母がこんなことを言ったのです。

「S校の二回目女子の合格者って20人くらいしかいないんだって 」 !!それからは、もう不安で不安で、自分を信じるなんてとうてい無理でした。これは落ちたな・・と思いました。

さあ、夜の九時。合格発表。私はのんきにテレビを見ていました。発表から三分経っても連絡がないので宮本先生はやきもきして自分から合格発表を調べて電話をしたそうです。すると、なんと!私の番号があるではないですか!!

こうして私は大どんでん返しの末にS校に行くことになったのです。
この経験を通して私は、自分を信じることが受験でもいつでも大切なのだと実感することができました。

それから宮本先生、やっぱり先生じゃなかったら合格にたどりつけなかったと思います。本当にありがとうございました。

合格の他に得たものが大きな中学受験でした。


Y・Hくんの中学受験体験記

2016年度 巣鴨中・茗溪学園中 他合格

僕がアテナに通い始めたのは四年生の七月初めでした。初めは学校で習わない算数のやり方を覚えるのに必死でした。その時には気づきませんでしたが、後で考えると先生が一人で四教科を教えているところは良い点がいろいろとありました。

一つ目はある教科の授業中にほかの教科の話ができるというところです。その教科に集中できないのではないかと思うかもしれませんが、例えば理科が好きで社会嫌いの男の子が理科の授業でジャガイモの芽生えについて授業を受けているとします。そんなとき先生は彼にジャガイモの生産上位三都道府県を答えさせます。そうすることで脳をフル活動させている時間、この場合は理科の時間、にこのようなほかの教科の知識を得る時間を設けてくれるのでそれも一緒に覚えてしまうのです。

もう一つは過去問で苦手な部分をしっかりと見つけて対応してくれるので、一人一人のことをしっかりと見守ってくださっているという安心感があることです。僕は九月に過去問をやり始めて、一月にはだいぶ点が取れるようになったのですが、理科がイマイチでした。残り一週間になり、理科は点が上がらないかもしれないという言葉が頭の中をよぎりました。その時、僕は先生にR君とともに呼び出され、理科の特訓ノートを作らされました。それを毎日続けると、魔法にかかったかのように理科の成績が伸びました。五十点中半分くらいしかとれなかった理科の点数が、高いときは三十七点くらいまで上がったのです。先週までの自分がうそのようで不安がなくなりました。

このようなことがあって、すぐに二月一日になりました。朝は早くて大変でしたが、一月はもっと早くに家を出ていたのでものすごく眠いということはありませんでした。一教科目の国語は最初の漢字問題で「和む」が書けず、少し緊張しましたが、算数や理科を頑張ろうという気持ちにもつながりました。結果は合格でした。巣鴨中の過去問や対策に早くから取り組んだことが合格につながりました。特に過去問を何年もさかのぼって徹底的に解いたことが、とても効果的でした。

今回の中学受験という大きなくくりが終わって、過去の自分に勝つことの大切さを学びました。昨日の自分に毎日ちょっとでも勝つことで、日進月歩の努力ができるのだと思います。

最後に、来年、再来年とアテナで中学受験をする人たちへのメッセージです。
 ①算数は式や図をきちんと書く。
 ②苦手だと思うところは先延ばしにしない。
 ③先生の教えはちゃんと守る。
以上です。後輩の皆さん頑張ってください! そして今まで見守ってくださったお父さんお母さん、いつもとなりで励ましあった二〇一五年度卒業生のみんな、今まで全力でサポートしてくださった宮本先生、本当にありがとうございました。


2015年度

M・Tさんの中学受験体験記

2015年度 吉祥女子中・国学院久我山中ST 他合格

私がアテナに入ったのは、3年生の途中でした。入った頃から全くといっていいほど勉強せず、よく怒られていました。あまり改善しないままどんどん時間だけがが過ぎていきました。

6年生の夏にはじめて吉祥女子の過去問をやったところ、初めてだったにもかかわらず合格最低点をこえました。私は有頂天になりました。しかし、次に吉祥女子の過去問をやると結果は不合格。そんなふうに結果が乱高下する日々が続きました。

その状態のまま1月校を受験しました。そして、結果は不合格。しかも、同じ試験を受けた友達は合格していました。ものすごくくやしかったです。

さらに、2月1日の午後受験の学校の過去問演習でも、あと1問でも間違えていたら不合格という点数をとってしまいました。そんな私を先生は厳しく叱って下さり、気合を入れなおしてくれました。

そして、2月1日。吉祥女子の校門につくと、先生が入試応援に来ていました。そして、「合格」と書かれたカイロをもらいました。そのおかげもあってか私は大して緊張せず、落ちついて試験会場に向かうことができました。問題を解き終わったあとの手応えもありました。午後入試も落ちついて問題を解けました。そして、結果はどちらも合格でした。そのことを知ったときはとてもうれしかったです。

私が中学受験を通じて学んだことは3つあります。1つ目は、自分の頭がいいと思って油断しないこと。いくら模試などでいい点数や結果であっても、その学校をなめていると不合格になります。私自身勉強をおこたり1月校をなめて不合格になりました。2つ目は、最後は自分を信じてがんばることです。いくら手が届かなくても、自分を信じてがんばったからこそ、自分は吉祥女子に受かったのだと思います。3つ目は自分がめぐりあった先生にたよることです。私は、先生のおかげで見事吉祥女子に合格することができました。

宮本先生、今までありがとうございました。


A・Gさんの中学受験体験記

2015年度 吉祥女子中・浦和明の星女子中・西武文理中特選 他合格

私がアテナに入塾したのは三年生の2月でした。アテナは入塾する前に見学した大手塾とはちがって少人数だったことが印象的でした。見学時には少しおどろきましたが、アテナに通ううちに良いところが分かってきました。一つは授業D丁寧に教えてもらえるところです。二つは質問がたくさんできるところです。5,6年生になって特に質問がふえてたくさんすることができたので良かったと思っています。また、アテナにはしゃかりかクラブがあるので自分で実物を体感し学ぶことができ、夏季合宿などでストレスを発散することができました。

一月校の浦和明の星中は前の模試でギリギリだったこともあり、とても不安でしたが全力を出し切って問題をときました。まわりの子たちの気合に圧倒されてしまいそうでしたがやり切ることができたので満足でした。合格発表で自分の番号を見つけ、とてもうれしかったですが、番号がとんでいたりすごい気合で受験していたまわりの子たちが落ちているのを知り、改めて受験のきびしさというものを実感しました。一月校から二月一日までは塾に毎日通い、朝9時から夜8時ごろまで、過去問をといてとき直しをしました。吉祥女子は合格ラインにたっしていたので途中からは女子学院中の模試をやって油断をしないように努めました。一月の間、ほとんどの日に先生に塾を開けてもらったおかげで吉祥女子中の過去問で合格最低点+20点ぐらいだったのが+45点くらいにまで上がっていきました。なので吉祥女子中はとても自信がつきました。

一月校から二月に突入するまではあっという間でとうとう二月一日になりました。第一志望校の吉祥女子中の入試日だったので得意だった国語で緊張してしまいすこし不安でしたがその後はいつも通りに実力を出せました。得点があまりとれなかった算数がよくできたので「受かった!!」という手応えがありました。合格発表で合格を知り、とてもうれしかったと同時にホッとしました。その後には東京農大一中の合格が確認できて二日の女子学院中へ強い気持ちをつくりました。

女子学院中の国語で最後の漢字をまるごと忘れてしまったのが不安でしたがその分まで補うために社会と理科でがんばろうと思いました。社・理は自信がありましたが、最後の算数で他の子たちの勢いにおされとてもあせってしまい全くできませんでした。結果は、不合格でした。算数であせってしまう自分のクセを最後まで直せなかったのが原因なのかと反省しましたが、4年生から目指していた吉祥女子中に合格できたので納得しています。

最後に中学受験をふり返ってみて大切だと思うことは努力することです。なぜなら、私がスランプにおちいった時にあきらめずに努力をすることでスランプからぬけ出すことができたからです。

最後の過去問演習の時まで切磋たく磨してきて楽しいクラスにしてくれた友達、どんな時もはげましサポートしてくれた家族、勉強だけでなくいろいろな事を教えてくれた宮本先生、今までありがとうございました。


A・Yさんの中学受験体験記

2015年度 東京学芸大国際中・吉祥女子中・東京農大第一中・西武文理中特待生 他合格

私は以前、大手塾に通っていましたが、宿題の量が多すぎるうえ、分からない問題も先生に聞きづらく、わからないままになってしまっていて、なかなか成績が上がりませんでした。そんな時に母がアテナを見つけてくれました。アテナでは、それまでの塾とは違い宿題が最低限だったので、気持ちに余裕ができました。

私は始めあまりやる気があるほうではなかったので、宿題もそんなにやっていきませんでした。でも先生がとても熱心に指導してくれたので、だんだんやっていけるようになりました。

理科社会の暗記物はとにかく苦手で、最後まであまり努力できませんでしたが、先生が何度もチェックテストをやってくれ、合格するまで終われないようになっていたので、最後には一番苦手だったところもなんとか克服することができました。

算数は、アテナでは途中式や図を書くことを大事にしているので、入った当初はよく注意されました。面倒くさいなと内心は反発していましたが、結果的にはそのおかげで途中式を書く習慣もでき、力がついたのだと思います。また、図を書く習慣は6年生の冬期講習に入るくらいまでつきませんでした。でも過去問をやっていく中で、どうしても解けない問題が出てくるので徐々に習慣になっていき、その方が頭の整理がついて解きやすいので、それまで解けなかった問題が解けるようになり、成績が上がりました。

また、国語は得意科目だったので、国語の宿題を知識問題だけにしてもらい、無駄が省けて、それも良かったと思います。

2学期からの過去問演習では、算数や理科の計算、国語などで分からない問題があったらすぐに聞くことができるし、社会は教室にたくさん資料があるので、自分で調べることができました。調べることで知識が定着するので、とても効率がよかったと思います。

また、先生は一人一人得意不得意にあった指導をしてくれ、志望校の過去問研究をしてくれていたので、これをやれば受かる!というのがわかり、3学期の直前はそれだけをやっていました。

試験前日には、各教科あまり難しい問題はやらず、基礎や時事問題などしかやらなかったので、解けない問題はなくて焦らずに済み、落ち着いて本番の試験を受けることができました。

私の受けた学校の中には、集団で話し合いをする面接や、図表を読んで自分の考えをまとめる記述などの試験もありましたが、先生は模擬面接や過去問をこまかく添削してくれ、試験前日はやりすぎずテレビでも観ればと言ってくれたので、緊張せず気楽に受けることができました。

アテナなら、今勉強のやり方がわからない人も、きっと合格できると思います。頑張ってください!


N・Mくんの中学受験体験記

2015年度 明大中野中・日大二中・宮崎日大中・佼成学園中 他合格

ぼくは、アテナ進学ゼミに入る前に三年から早稲田アカデミー、サピックスに通っていました。その大手塾では全然成績がのびずになやんでいました。そこで、アテナに通っていた野球の先輩に誘われ、アテナの天体講座に、初めて参加しました。早稲田アカデミーやサピックスとちがい、先生一人で指導をしていてはじめはびっくりしました。けれど一人一人にやさしく、ときにはきびしくていねいにおしえてもらいました。さらに、算数や理科では先生独特のやり方があり、それにならってやったところ、とても成績が上がりました。ぼくは、「式に単位をつける」という指導をきちんとやらなかったので、その度に先生に厳しく注意されました。

そして9月ころからはじまった過去問演習。ぼくは9月ごろでも志望校が決まらず困っていました。しかし、母がうまく自分に合った学校を見つけてくれました。それが、明治大学中野です。その学校の最初の過去問を解いたときは、合格最低点からマイナス80点くらいはなれていました、しかしぼくは志望校を変えずにがんばりました。わからないところは先生にすぐに質問に行くなどして、しっかりとき直しをしました。そうすることで社会の知識がとてもよく頭に入りました。「ゴロ理科」や「ゴロ社会」などを使って勉強していったら全体的に偏差値も上がりました。

一月はほぼ毎日学校を休み、朝の9時から7時くらいまでは勉強をしていました。とてもつかれましたが勉強をするのが楽しくなっていきました。一月に先生から課題がたくさん出ました。社会の知識問題や算数の図形数量計算などの問題が課題となりました。それを毎日少しずつ、やっていきました。

そして、迎えた一月校の宮崎日本大学の入試。当日会場まで先生が来て励ましの言葉をもらい、緊張を打ち消すことができたように思いました。すべての科目まあまあできていたのでよかったです。一週間後に郵送で結果が来ていました合格していたので嬉しかったです。

そしてとうとう二月。二月一日の午前中はすべり止めの佼成学園をうけました。全体的に簡単ですらすらとうけることができ、自身を持って午後受験に向かいました。午後は東京農大一中の試験でした。けっこう出来たと思いましたが、結果は残念ながら不合格でした。

二月二日の午前。明治大学付属中野中学の試験。会場に言ったらアテナを紹介してくれた先輩が来てくれていました。何と、宮本先生がその先輩に、入試応援を頼んでくれていたのです。そのおかげで勇気がわきました。試験では国語と理科はよく解くことができましたが、算数と社会はあまり解くことができなかったので、あまり自信はありませんでした。結果は翌日の10時です。ぼくは緊張しながらその日は眠りにつきました。

二月三日の試験は日本大学二中です。問題はいつも過去問をやっていたときと同じように解けました。試験と面接の間に休けいがあったため、お母さんとお父さんいる待合室に行ったら、二月二日の明大中野に受かっているという報告を受けてとてもうれしかったです。しかし、日本大学二中は、午後の面接がうまくいかなかったので不安でした。夜ホームページで合格発表を確認したところ、自分の番号がありました。とても嬉しかったです。

受験が終わってふりかえってみると色々なことがあったなと思い出しました。僕が受験で大切だと思うことは、
 ①過去問があまりよい成績をとれなくてもあきらめないこと。
 ②「図をかく」などの基本的なことをしっかりやること
です。

宮本先生。ぼくをささえてくれた家族。ありがとうございました。そして一緒にがんばったクラスのみんな、忘れません。本当にありがとうございました。


M・Oさんの中学受験体験記

2015年度 東京農大第一中・富士見中・山脇学園中・土佐塾中 他合格

私がアテナに通いはじめたのは五年生の9月頃からでした。前の◯塾では宿題に追われる毎日でした。転塾した最大の理由は、算数での質問が消化しきれず、分からない問題がたまっていくことでした。でもアテナに移ってからは質問がしやすくなり先生は私が理解するまで丁寧に教えて下さいました。

アテナのメリットは、算数は確実に理解するまでは帰れないという事と、宿題が少ないので復習する時間が持てるという事です。ところが私は理解できたことに安心しきって復習をおこたっていました。その結果、六年生の九月から始まった過去問演習では、第一志望校の合格最低点に一度も届かず穴が多く見つかりました。そこから私は穴をうめるための総復習を始めました。過去問を解くことで自分の苦手な部分がわかっていくので、その箇所を重点的に復習しました。

九月から私は、国語、社会、理科の暗記物を徹底する事を決めました。12月半ばになるとかなり定着し成績にも表れてきました。算数は先生から出された問題集を一月の最後まで繰り返し解きました。そして、一月は定着していない単元を克服するために時間を使いました。

そしてあっという間に二月一日になりました。その日は緊張することなくリラックスして試験に臨むことができました。午前入試の山脇学園ではいつも以上に出来はいいなという実感がもてました。その後の午後入試の東京農大一中では、いつもより集中力が持続し、十分な手応えもつかめました。午後入試が終わってもまだ両方結果がわかっていなくて、結果発表の時間が近づくにつれて緊張していきました。そして両方の合格がわかった時は、思わず飛び上がりました。

受験のために走り続けてきた三年間をふり返り、達成感でいっぱいになりました。そして、途中であきらめなくてよかった、と心の底から思いました。

宮本先生。一年半という短い間でしたが本当にありがとうございました。


S・Kくんの中学受験体験記

2015年度 芝中・東京農大第一中・西武文理中特選 他合格

僕がアテナに入ったのは、六年生の四月の終わりごろで、前の塾で成績が落ちていたときでした。母も悩んでいておさななじみの友達のお母さんに相談して紹介してもらい、入塾しました。

アテナの良いところは、個人塾なため大手の塾よりも人数が少なく先生の目が行き届くので、苦手な単元や教科も個別の指導や課題で克服できる所です。僕は社会と国語が苦手だったのですが、社会は、苦手な人用の地理講座で、国語は、休んだ人が多かった時に先生がとってくれた、午前中の授業をすべて国語にするという対応や、分かりやすい、プロジェクターを使った解説で分からないところも理解できました。夏休みの夏期講習も、四日通って一日休みのペースでやるので疲れきることもなく充実して勉強ができました。

九月に入ると過去問演習が始まり、第一志望の過去問を解いていきます。僕は、第一志望の過去問をやったのですが、合格最低点との差が百点を越えることが度々あり、対策の勉強はしていても、最初の数回をのぞいて、第二志望と第三・第四志望数回ずつを一月の下旬までやっていました。しかし、二月一日の六日前に再び第一志望の過去問を解くと九月よりもずっと点数が上がっていました。一番多く過去問を解いた第二志望の学校の問題の傾向が似ていたこともありました。その日塾から帰るときに、先生に実力がかなり上がっていると言われてとてもうれしかったです。

一月十日に一月校として最初の受験をしました。本番緊張することもなく無事合格したのですが、その後不調が続きました。一度、先生から「今日はもう帰りなさい」と言われ家に帰った時に、点数が上がらないことや帰りなさいと言われたことがショックで泣いてしまいました。でも実はそれは、僕の体調を気にした先生の作戦だったのです。その日、先生のアドバイスに従って家族で温泉に行ったところ、また調子を取り戻せました。第二志望の過去問の出来も良くなり、第一志望の過去問も再びやれるようになりました。一月でも不調なときは大胆に休むことも必要だと思いました。

二月に近づくにつれて調子も上がり第一志望の受験日も緊張することなく試験を受けることができました。第一志望には残念ながら不合格になってしまったのですが、最後まで受験を楽しめました。アテナで受験をしたことは僕にとってとてもよかったと思います。受験来年、再来年に受験をする人も是非アテナでがんばってください。

アテナ進学ゼミ口コミ